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[ESSAY:22] 雲間から青空を見る

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先週まで続いていた薄暗い梅雨空が突然終わりを告げたかのように青空に変わった日、それと同じように雲間から青空を見るような気持ちにさせてくれる話を聞きました。数学者・森田真生さんの「生命ラジオ」のことです。

 

森田真生さんは、大学や研究機関に属さないで数学を研究している独立研究者で、2015年に出版した『数学する身体』(新潮社)が小林秀雄賞を受賞し、当時話題になったのでご存知の方もいらっしゃると思います。私も関心を持っていたものの、忙しさにかまけて読まないままでいました。

あれから5年、アーティストとのちょっとした会話から、森田さんの『数学する身体』を思い出して、そのいわば続編のような形で書かれた『計算する生命』(新潮社)が今年5月に出版されていたことを知り、この機会に2冊まとめて読んでみたのです。これが先日ギャラリーに作ったミニ・ライブラリのテーマと見事に繋がりました。

 

『数学する身体』(森田真生著、新潮社)
『計算する生命』(森田真生著、新潮社)

 

「生命ラジオ」は森田さんが昨年の秋から始められた音声配信とフリートークを組合せたオンライン講義です。「雲間から青空を見るような」と形容したのは、森田さんの芯のある明瞭な声のせいもありますが、おそらく柔軟性と一貫性のバランスの良さからくる気持ち良さです。聞き手のアドリブの一言を上手に拾い、自然な会話を成立させながら話題の中心テーマに紐づける。話を拡散させてもきちんと本論に収束する。聞いていてまったく清々しいのです。しかも持ち出す事例は16世紀ヨーロッパの宗教改革から「今日の料理」まで引き出しが多く、かつ的確。私はセミナーなどでよほど刺激を受けないとメモを取らないタチなのですが(ただの面倒くさがり屋です)、このときはたくさんメモを残しました。

 

彼は、「生きること」と「考えること」の連続性を取り戻す必要がある、と言います。現代社会では、生命を維持することと、考えることがかなりかけ離れている。過去数百年の間に、私たちは学問を発展させ、そのおかげで今まで分からなかったことが分かるようにはなりました。しかし専門分化しすぎてタコツボ状態となり、その「分かったこと」が一体何の役に立つのか分からなくなっている。これからは、私たちが生きるために、それも生き物として心地よく在るために––例えば、食べ物をいただく時や、朝の空気を吸い込む時に、宇宙的な感動を覚えるような感性を磨くために––積み上げてきた知識を使う時に来ている。(逐語文字起こししたわけではありませんが主旨はこのようなことです)

 

そう、数学も哲学も芸術も、およそ生活からかけ離れたものとなってしまったけれど、本来これらは私たちが自分を知り、他者を知り、コミュニケーションをとり、私たちが生きるこの世界を分かろうとし、もっと「生きやすく」するために生まれた営みのはずなのです。それをもう一度手元へ引き寄せたい。森田さんの試みは、澄み渡る青空を押し広げるだろうと思わせてくれます。

この記事を書いた人

中島 紗知 |Gallery Pictor オーナー

画業を営む両親の元に生まれ、幼少期より美術に親しむ。監査法人グループ等にて企業のESGマネジメントコンサルティングに従事した後、2019年 Gallery Pictor 設立。 1999年神戸大学卒業、2015年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。東京大学主催・文化庁推進事業「社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業(AMSEA)」2017年度修了。

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