[ESSAY:27] 関係し合うから存在する
一切諸法は因縁によって生ずるから自性(じしょう)はない。
これを真実の空(くう)とする。
すべての物事は関係によって生ずるから、それのみで独立したものはない。龍樹の著作*とされる『大智度論』からの引用です。
龍樹は別名ナーガールジュナ、2世紀半ば~3世紀半ばに実在したインドの僧で、バラモンの学問をすべて習得したのち仏教に転向して、初期般若経典の「空」の思想を理論的・哲学的に体系化し、大乗仏教の地位を確立した人です。
*漢訳のみしか存在せず、真作であるかどうか疑問は残ったままになっている。
また、別の『中論頌』ではこう述べています。
「自性と他性がないとき、どうして存在があるだろう。自性と他性があるとき、存在は成り立つのである。」
他の何者とも関係しない存在はない、つまり「関係し合うから存在する」。
どこかロマンチックな趣さえある、この「空」の思想は、大昔の仏教僧が作り上げた哲学では終わらず、最新の量子物理学が解明しつつある世界と驚くほどの一致を見せているのです。もちろん量子という超ミクロのレベルでの話ですが。
対象物のあらゆる属性は、他の対象物に関してのみそのような属性として存在する。これは量子力学では状況依存性(コンテクスチュアリティ)と呼ばれています。また、2つの対象物が(離れていても)非常に強い相関関係を持っている状態を「エンタングルメント(=量子もつれ)」と言い、この量子もつれはそれを観察する第3の存在をもって初めて成立します。
昨秋、日本語訳が出版された『世界は「関係」でできている』の中で、物理学者カルロ・ロヴェッリはこのエンタングルメントをなんとも詩的な表現で形容しました。
「エンタングルメントは、二人で踊るダンスではなく、三人で踊るダンスなのである」
このようにして互いを結び目としながら、網の目のようにつながり合い、関係し合っているのが私たちの世界なのです。これは縁起の思想そのものではないですか。
カルロ・ロヴェッリも、前出の著作でナーガールジュナをこのように紹介しました。
「ナーガールジュナの思想の魅力、それは現代物理学の問題にとどまるものではない。その視点にはどこか目の眩むようなところがある。しかもそれは古典であれ最近のものであれ、西洋のさまざまな哲学の最良の部分とみごとに共振する。」
ナーガールジュナの唱える「空」は、相互依存と偶発的な出来事に支えられた世界を受け入れ、絶対的な存在を否定します。ゆるく、はかなくつながり合った網の結び目の一つ一つが私たちで、時には自分が主体となり、時には客体となる。その世界観は、堅牢(中心)に思えたルールやシステムが崩れ去ろうとしている今の社会に、豊かな可能性を感じさせてくれるのです。
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