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[ESSAY:30] キスのない天ぷら屋で芸術について考えた

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(画像と文中のお店とは無関係です)

 

私の家の近くになかなか感じの良い天ぷら屋さんがある。

衣が薄くて上品で、魚は地の物を使う。住宅街の中にあって、家族経営のこじんまりしたお店は、何も奇をてらわず心地良く、隅々まで清潔感があって好きだ。先日、パートナーの昇進と私の誕生日のお祝いで3年ぶりにその店を訪れた。

 

3年前に来た時はコロナ前で、私たちは近所で花火大会が行われている日に予約したので、みんな花火に流れていて店内は私たちだけだった。だからカウンターの中で天ぷらを揚げているご主人とはゆっくり話して、お店を開いた経緯や、後を継ぐ予定の息子さんの話などを伺ったことが記憶に残っている。

 

もしかしたらもう息子さんに代替わりしたのではと思ったが、カウンターの中で天ぷらを揚げているのは同じご主人だった。どうやら息子さんはまだ修行中らしく、奥の厨房に姿が見えた。

 

私たちの他に2組の家族連れがいて、それで店は満席である。休むことなく天ぷらを揚げているご主人には話しかけずに、私たちは美味しく天ぷらをいただき、お酒を飲み、締めのかき揚げ天丼を平らげた。1組の家族が退店して、少し落ち着いた時にご主人に話しかけてみた。

 

 

この夏は特に暑かったこともあるが、獲れる魚は変わってきていますか、と尋ねたところ、間髪入れずに答えが返ってきた。

 

「キスなんてもう全然獲れないね。むかしはこの辺りでもよく獲れたんだけど。うちは魚は地の物を出してるの。今はキスの代わりにタチウオにしてるよ」

 

たしかに今日はキスではなくタチウオをいただいた。

 

 

試しにキスの漁獲量のデータを探してみたところ、全国のデータはすぐに見つからず山形県のデータ(水産庁)だけれど、1986年〜2006年の20年間でシロギスの漁獲量は9分の1に減少している。漁業従事者の減少による漁船の隻数の減少を折り込んでも3分の1程度とのこと。

また、2017年の日経新聞に、「まとまった水揚げがないためキスの卸値は5年間上がりっぱなし」という記事があった。

 

キスは天ぷらの定番である。同じように漁獲量が減少しているマグロやウナギのように話題にされることは少ないが、控えめで繊細な口当たりは、天ぷらに限らず和食文化を支えてきた影の功労者。それがひっそりと姿を消しつつある。

何十年も天ぷらを揚げてきたご主人はずっと前からそのことに気づいていただろう。

 

料理は芸術とよく言われるけれど、それは見た目の芸だけではないと思う。多くの人が見逃していることに気づく技能があり、少しの質の違いに敏感で、それを自分の感覚で判断している。

ご主人が冗談めかして(でも多分本気で)、巷で大人気の生しらすに苦言を呈していたのも、的を得ていて小気味が良かった。

 

「店で出される生しらすなんてどこが美味しいのかね。水揚げしてその場で食べなきゃ鮮度はすぐ落ちるよ。それなら釜揚げの方が美味しいに決まってる」

 

芸術家らしい物の見方だと思う。

この記事を書いた人

中島 紗知 |Gallery Pictor オーナー

画業を営む両親の元に生まれ、幼少期より美術に親しむ。監査法人グループ等にて企業のESGマネジメントコンサルティングに従事した後、2019年 Gallery Pictor 設立。 1999年神戸大学卒業、2015年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。東京大学主催・文化庁推進事業「社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業(AMSEA)」2017年度修了。

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