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[ESSAY:03] VUCAな時代の切り札?アート思考について考えてみる

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VUCAな時代に躍り出たアート思考

 

アート思考というものが近年注目されています。

○ ○思考、あるいは○ ○シンキングという「思考法」には、社会の状況に合わせてどうやら流行りがあるようで、ここ20年くらいを振り返ると、

 

  • 筋道を立てて論理的に物事を整理し、結論を導き出すロジカル・シンキング、
  • 物事を批判的に捉え、問題を特定して分析し、最適解に辿り着こうとするクリティカル・シンキング、
  • ユーザー(受益者)の目線で課題をみつけ、大量のアイデア出し(概念化)から解決策をブラッシュアップしていくデザイン思考

 

などが主なところでしょうか。

そこへ近年、アート思考という、いかにも定義の曖昧そうな、捉え所のなさそうな思考法があちこちで喧伝され始めました。 VUCA(不確実性の高い、先の読めない時代を指す言葉)という格好の脅し文句を携えて、それを打破する切り札がアート思考、というわけです。

 

先に明言しておきたいのですが、私はアート思考そのものや、それを活用しようとする人たちに批判的になっているわけではありません。むしろ、アートのビジュアルな面でなく、それを作り出した思考の側面が注目されることは良い流れだと好意的に見ています。

ただ、ニッチな物事が一般化していく時には誤解も生まれやすいのが世の常で、特に定義が曖昧なものほど、期待値とのギャップが大きくなることが予想されます。そうなると、「アートは結局よく分からないもの」というこれまで繰り返されてきた一般論に収束してしまう、そのことを危惧しています。

 

 

正しい解をみつける前に、正しい問いを立てよ

 

で、アート思考とは何なのか?

10冊くらい関連する本を読んでみましたが、やはり解釈は著者によって様々、もちろんフレームワークなんてありません。(ただしアート思考をフレームワーク化して人材育成に活用しようという企業の動きはあります)

もし最大公約数的なまとめ方をするなら、物事を批判的に観察し、問いを立て、その問いを他者に向けて発信するということでしょうか。

 

これまで主流として扱われてきた思考法の大筋は、エビデンス(データ)を集め、分析し、最適解をみつけることでしたが、複雑で不確実性の高い現代においては、エビデンスも複雑・多様化し、変化のスピードも早く、最適だと思ったことがあっという間に陳腐化するし、ある集合においては最適のものが別の集合では最適ではないということも頻発します。

 

そこで注目されるようになったのが、アーティストの思考法です(というよりマインドと言った方が近いのかもしれません)。データに頼るのではなく、複雑な環境の中でも本質的に重要なことをみつけ、それを世に問う。

うまく共感を得られれば、そのコミュニティの絆は非常に強いものになります。価値観が多様化し、変化の激しい社会で、アート思考に注目したのはビジネスリーダーたちです。ここ12年くらいで、日本でも大手企業が人材育成やサービス開発にアート思考を採り入れているというニュースを耳にするようになりました。

 

 

自分でつくりあげる「リベラルアーツ」

 

それでは、そのアート思考をどうやったら身につけられるのか? ここで、多くの誤解が生まれやすいのではないかと思います。

 

アートをたくさん観れば、アート思考を身につけられるのでしょうか?

アートについて他者と語り合えば、アート思考を鍛えられるのでしょうか?

 

ギャラリーオーナーとしては、より多くの人にアートに触れてほしいので、これらの質問にYESと言いたいところですが、これは条件付きでYESだと思います。アートをアートという枠の中だけで観ても十分ではないと思うからです。

 

私の答えはやはり、前2回のエッセイでお伝えしたこと—アートとアート以外の分野を横断的につなぐ点をみつけ、点と点をつないで線を結び、面をつくることで自分が認識できる世界を拡げていくことなのです。そしてそれは、他の思考法もそうであるでように、一朝一夕に手に入れられるものではないと思います。

 

古代ギリシャでは人間が生きる上で必要な力を養う知識を「リベラルアーツ」と呼び、それが古代ローマに受け継がれて7つの科目(文法・論理・修辞・算術・幾何・天文・音楽)に編成されたそうです。さらに時代が下ってルネサンス期には、これらの学問はまだ分かち難く結びついており、その時代の多くの革新の源泉になったとも言われています(ダヴィンチがマルチタレントだったことはよく知られていますね)。

 

もし「アート思考」というものがあって、それを鍛えることができるとしたら、今のこの時代—科学技術が発達し、産業・経済がグローバル化し、思想が多様化した今私たちが生きているこの時代の—「リベラルアーツ」を作っていくことではないかと思っています。それは大学の一般教養課程のように誰かがシラバスとしてまとめてくれているわけではありません。自分で一つ一つ点をつないで作り上げていくのだと思います。

この記事を書いた人

中島 紗知 |Gallery Pictor オーナー

画業を営む両親の元に生まれ、幼少期より美術に親しむ。監査法人グループ等にて企業のESGマネジメントコンサルティングに従事した後、2019年 Gallery Pictor 設立。 1999年神戸大学卒業、2015年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。東京大学主催・文化庁推進事業「社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業(AMSEA)」2017年度修了。

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