[ESSAY:16] ライブラリより:WHAT IS LIFE ?
ライブラリ(6/25までギャラリー内に設置。詳しくはこちら)の書籍をご紹介していくシリーズの1回目です。
今日取り上げるのは、ポール・ナース著「WHAT IS LIFE ? 生命とは何か」。
禅問答でも始まりそうなタイトルですが、ちゃんと科学の本です。
著者のポール・ナースはイギリスの細胞生物学者で、生命が自己を維持するために欠かせない細胞分裂の周期をコントロールするための制御因子となるcdc2という酵素を発見し、2001年にノーベル生理学・医学賞を受賞した人です。
この本を最初の一冊に選んだのは、前回のエッセイに書いたライブラリの中心にある問い「人間性はどこから来るのか? それはどこへ向かうのか? それはどのように進化するのか?」の出発点に立たせてくれるから、そして地球規模の課題に対して科学は異分野の知見を(そこにはアートも含まれている)受け入れるべきだ、という「点と点をつなぐ」発想を持っているからです。
生命を定義する
タイトルの “What is Life?” は、 1944年に物理学者のエルヴィン・シュレディンガー(「シュレディンガーの猫」で知られる)が書いた “What is Life ? (生命とは何か)” と、続く1947年に生物学者のJ.B.S.ホールデンが著した “What is Life ? (人間とは何か)” を引き継いでおり、ポール・ナースはこの問いを次代へ送ろうとしたのだろうと思われます。
以下、ナース博士による生命を定義する3つの原理を紹介しながら、混迷の現代社会を乗り越えて私たちが生命をつないでいくための、博士のメッセージに近づいていきたいと思います。
(1) 自然淘汰を通じて進化する能力を持つ
生命は生殖機能と遺伝システムを持っており、さらにその遺伝システムを変化させる能力を持っていることが第一の定義です。個体が死んでも、次の世代を残すことで生命の糸を繋ぐ。しかも、より生存に有利な形態・特質が残るように進化します。
(2)「境界」を持つ物理的な存在である
生命の基本単位である細胞は細胞膜という外膜を持っています。細胞は外膜に守られながら内側の「秩序」を保ち、外膜を通じて物質や情報を仕入れています。外膜はコミュニケーションの障壁にもなり、通路にもなるのです。
(3) 化学的・物理的・情報的な機械である
境界を持つ生命は物理的に存在し、化学的に物質や情報のやり取り=代謝を行うことで生命を維持し、成長し、再生します。
最後の「情報のやり取り」を最も高度に発達させた生物(もちろん地球上で、という限定付きですが)が私たち、人間です。
人間の「自由」と「責任」
私たち人間は、自意識があり、(生存するため以外の)目的意識を持つことができ、抽象的な思考、想像的な思考ができる。ナース博士は、だから私たちには特別な責任がある、と言います。地球上の生命全体のつながり・絆を理解し、その意味に思いを馳せることのできる唯一の生命体として。
人間にもたらされた自意識や思考する能力の解明は、いよいよAIを社会に実装していくという今、私たちが人間性について理解を深めるために、あるいは物質主義から脱却してより精神的な幸福を求めるためにも、欠かせないことです。
博士は生物学者の立場から、そして「生命とは何か」という問いを過去の多くの科学者から引き継いだ一人として、科学の未来と地球の未来をみつめながら、以下のように提言しています。
われわれが知る限り、自らの存在に、われわれとまったく同じように「気づいて」いる生き物は他に見当たらない。われわれの自意識をもった心は、少なくともある部分、世界の変化に合わせて行動する自由裁量のために進化したに違いない。
どのようにして何十億ものニューロンの相互作用が組み合わさって、抽象的な思考や、自意識や、自由意志に見えるものを生み出しているか、われわれはまだほんの上っ面をなでているだけだ。こうした疑問への満足のいく答えを出すには、おそらく21世紀いっぱい、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない。そして、従来の自然科学の手段だけに頼っていては、そこに辿り着けないと私は思う。
われわれ生物学者は、もっと広く、心理学、哲学、人文科学からの知見を受け入れるべきだろう。コンピュータ科学も役に立つ。(中略)こうした精神的なものが何を意味するのかを定義することすら、非常に難しい。こういった部分は、作家や詩人やアーティストが助けてくれだろう。彼らは当事者として、創造的な考え方の根底にあるものを探り、感情の状態を明瞭に言い表し、「存在」が本当は何を意味するのかを掘り下げてくれるだろう。
コレクション展示とライブラリ&ワークスペース
6月25日まで開催中!
◆営業時間
2021年5月12日(水)~6月25日(金)
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