[ESSAY:20] ライブラリ番外編:EVERYTHING
ライブラリの書籍をご紹介するシリーズなのですが、今回は書籍ではなくゲームを−−ゲームだけど映像作品と言った方が近いかもしれません−−ご紹介します。
前々回のドナルド・ホフマンが提示した ”個々の意識的主体によるネットワークとしての世界” 、あるいは前回のマルクス・ガブリエルが言うところの ”無数に存在するもろもろの世界” を体感させてくれるゲームです。
そのゲーム《EVERYTHING》を開発したデヴィッド・オライリーは、CGアニメーション作家として高く評価され、映画やテレビの分野でも活躍していましたが、プレイヤーの操作によって偶発的な事象が起こるという特性が面白いと感じて、ゲームの世界に足を踏み入れます。
《EVERYTHING》は、主人公が様々な生き物やモノに変化していくロールプレイング形式のゲームです。しかしこのゲームには、目的もゴールもありません。何かをロストすること(失敗)も、ゲットすること(成功)もないのです。あらゆるもの(EVERYTHING)に変異しながら、その度に変わる自分の “視点” や意識によって産まれる “自我” を感じるゲームなのです。ホッキョクギツネから松の幼木へ、雪の塊から氷の結晶へ・・・。
時折出会う「声」から話を聞く、そばにいる仲間を誘って集団で移動する、集団と別れる、別の生き物(モノ)に成り代る、といったことを、プレイヤーは自分の意思で操作することもできるし、操作しなければオートプレイで画面は進行します。また、オートプレイの状態でオリジナルサウンドトラックと哲学者アラン・ワッツのナレーションを流すと、映像作品として成立します。
《EVERYTHING》は、ビデオゲーム映像では初めてアカデミー賞の短編アニメ部門にノミネートされたほか、芸術・先端技術の世界的な祭典アルス・エレクトロニカでゴールデン・ニカ賞を受賞しています。
オライリーが《EVERYTHING》の着想を得たのは、人間の存在とは何だろうという古典的な疑問だったと語っています。
これは今に始まった突飛なアイデアではなくて、人間とは何か、存在とは何かといった、人類が古くから考えてきたことと同種のものだと思っています。
とくにぼくは、動物・植物など生命のもつ複雑なメカニズムが好きで、人間と他の生物の間に優劣があるとは思わないんです。人間のもつ特徴のほとんどは他種にもあるし、愛情や好奇心や欲望といった“人間らしい”と表現される感情だって、他の生物の中にも存在しているはずです。この世界に存在するものにはすべて、内部に情動のようなものを抱えている。ぼくはこうした古い考えを、ビデオゲームというメディアの中でどう表現できるかを考えました。
(bound baw の記事より抜粋)
八百万の神を信仰してきた日本人の私たちには、このゲームの概念は理解しやすいと思います。オライリー自身、日本に興味津々で、一時期日本に住んでいたこともあったようです。そのせいなのかどうか分かりませんが、《EVERYTHING》は英語以外の翻訳版では唯一、日本語版が出されています(2020年に日本語版をリリース)。
この作品を映像作品として観るときの注意点として一つだけ。昨今のCGアニメーションのような滑らかで精巧な画面を期待して観てはいけません。これはあくまでもゲームで、ゲームなりの抽象度で描かれています。それについてのオライリーの説明が以下ですが、これを読むと、私たちが主観的にそれぞれの世界を構築していることを、このアーティストがごく当たり前のように認識していることが分かります。
ゲーム開発には制限がつきものだ。表現なり、移動方法なり、ステージの連結方法なり、オブジェクトの数なり、制限だらけだ。そういうのは開発において妥協していかなきゃならないポイントだというのは分かってる。ただ、アートというのはそもそもAbstract – 抽象的なものだと思ってる。現実は何かしら歪められて表現されるものだから。これまでの僕のアニメーションなりムービーでも、観客に向けてこれは抽象的な出来事だ、抽象的な世界だ、抽象的な現実だと伝えてるつもりだよ。だって、世界が君の目を通して見られている時点で、もうそれは現実の世界と同一ではないわけだし。
(AUTOMATONの記事より抜粋)
コレクション展示とライブラリ&ワークスペース
6月25日まで開催中!
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