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[ESSAY:18] ライブラリより:世界はありのままに見ることができない

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世界はありのままに見ることができない
世界はありのままに見ることができない(ドナルド・ホフマン著 / 青土社)

 

ライブラリの書籍をご紹介していくシリーズの3回目です。

 

はじめにご紹介したように([ESSAY:15] ライブラリを作ってみたけど、なぜこうなったかについて)、このライブラリには「人間性とは何か?それはどこから来て、これからどこへ向かうのか?」という哲学的な問いを巡る書籍を、私の個人的な目線で(コレクション作品との関連性も考えながら)集めています。

こんな問いが一体いつなんの役に立つのか、と自分で自分を訝しむ気持ちはあるのですが、こういう根源的な問いが個人の中に沸き起こるのは、今がそういう時代のサイクルにあるからなのだというようなことを、京都大学こころの未来研究センター教授の広井良典さんが記事に書いておられて(人類が迎える「第3の定常化時代」とはどんな時代か)、あながち的外れなことを考えているわけでもないんだな(たぶん)、と腑に落ちたので、続けます。

 

1回目の「生命とは何か」(ポール・ナース著)から始まり、人間の自意識や自由意志の在りかを探っています。前回は哲学者マルクス・ガブリエルの「『私』は脳ではない」という主張をご紹介しました。私たちの意識は脳神経やそこで伝達される物質とイコールではないというものでした。私たちは徹底的に自由な精神を持っているのだと。

 

今日ご紹介する「世界はありのままに見ることができない」の著者ドナルド・ホフマンは、「私」を「意識的主体」と呼び、物理的に存在する(と私たちが思っている)世界は、実は私たちの意識から生まれているのではないかと示唆しています。認知科学者であるホフマンの考察は、私たちの視覚が世界の「現実」を正しく捉えているのだろうか、という疑念から始まります。そして、本のタイトルが示しているように、彼の答えはNOです。

私たちの目は現実を正確に映しているわけではない。そこには、人間を人間たらしめている「意識」が介在します。

 

鏡の前に立つと、あなたは自分の皮膚、髪、目、唇、表情を見る。だが、顔の背景には、夢、恐れ、政治的見解、音楽への愛情、文学的嗜好、家族愛、さらには色、におい、音、味、手触りの経験などといった、はるかに豊かな世界が隠されていることを知っている。鏡に映るあなたの顔はインターフェースにすぎない。その背後には、経験や選択や行動から成る生き生きとした世界が控えているのである。

もしかすると世界そのものが、経験し、決定し、世界に働きかける意識的主体によって構成される巨大な社会的ネットワークなのかもしれない。その見方が正しければ、意識は物質から生じているのではない。そうではなく物質や時空の方が、知覚インターフェースとして意識から生じるのである。

 

経験や選択や行動から成る生き生きとした世界。それが私たちの「現実」を作っている。

この考え方は、先に紹介したマルクス・ガブリエルの「『私』は脳ではない」の前著、「なぜ世界は存在しないのか」にも通じるものがあると思っています。次回、そちらをご紹介しようと思います。

ライブラリ&ワークスペース

コレクション展示とライブラリ&ワークスペース

6月25日まで開催中!



◆営業時間

2021年5月12日(水)~6月25日(金)
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・土曜~日曜 10:00~17:00(ライブラリ・ワークスペースとも事前予約制)

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◆予約受付
 ご予約・お問い合わせはEメール(info@gallery-pictor.com)でお願いいたします。

この記事を書いた人

中島 紗知 |Gallery Pictor オーナー

画業を営む両親の元に生まれ、幼少期より美術に親しむ。監査法人グループ等にて企業のESGマネジメントコンサルティングに従事した後、2019年 Gallery Pictor 設立。 1999年神戸大学卒業、2015年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。東京大学主催・文化庁推進事業「社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業(AMSEA)」2017年度修了。

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